がんばれフェデラーくん 3
「トニー、ロジャーに言ってやってくれる。いいえ、ロジャーにじゃなくて、マリアナに言ってもらったほうがいいわね。」
ミルカが携帯で話しているのはトニー・ゴッドシック、ロジャー・フェデラーがエイジェント契約しているIMGの上級副社長である。IMGはスポーツマネージメント会社としては最大の企業で、ゴルフ界ではタイガー・ウッズと契約していることで知られている。そのタイガー・ウッズの父親、アルがまだウッズがジュニアの頃、すでにIMGに出向いて契約したといういきさつがある。
マリアナというのは、ナイキのフェデラー担当のコーディネーターである。
「ミルカ、マリアナに何て言えばいいんだい。ロジャーは気にしてないんだろう?」
トニーが応えた。
「ロジャーがそういうことに疎いのはトニーも知ってるじゃない。ロジャーは諺(げん)かつぎみたいなことはしないのよ。」
「なら、別にいいじゃないか。本人が気にしてないんだから。」
「でもわたしは気にしてるの。いいえ、原因は間違いなくあの赤いウエアーと赤いバンダナね。」
「最初はミルカも『素敵』なんて言ってたじゃないか。」
「素敵でもロジャーが試合に負けちゃったらどうしようもないじゃない。昨日の試合だって、セッピにタイブレイクでやっと勝ったのよ。」
「ロジャーは初物に弱いんだ。いつものことじゃないか。それでも負けなかった。」
「まだ二回戦よ。考えてもみて、トニー。オーストラリアオープンもドバイもロジャーは勝ったわ。その時は赤いウエアーじゃなかった。それが、インディアンウエルズの緒戦でキャナスに簡単に負けちゃった。ロジャーはディフェンディングチャンピオンだったのよ。それも連勝記録が掛かってた。」
「それもウエアーのせいだっていうのかい、ミルカ?」
トニーはうんざりした口調で言った。
「他に理由が考えられる?ロジャーの好きなハードコートで相手は初めてだとはいえ、とうのたったアルゼンチン野郎よ。あの試合、覚えてる、トニー。ロジャーはキャナスに負けたんじゃなくて赤いウエアーに負けたの。」
ミルカの口調は俄然ヒートアップしてきた。
「それで、どうしろというんだ、ミルカ?」
「マリアナに言って、ロジャーのウエアーを白にして。もちろんバンダナも。」
「君が言えばいいじゃないか。マリアナとは親しいんだし。」
「トニー、そういうことのためにあなたがいるんでしょ。」
トニーはミルカも苦手だったが、マリアナも得意ではなかった。ロジャーがどんなウエアーを着ようがそんなことはどうでもいい。しかしロジャーにはまだ王者でいてもらわなければならない。
「わかった。マリアナに話してみる。」
どうマリアナに話せばいいのかわからなかったが、トニーはミルカとの話を終わらせたいがためにそう言って携帯のHLDのボタンを押した。
つづく。